◆信徒の声◆





主によって恵みのうちに日々生かされている信徒の声を紹介します




 年度末にまとめられた「婦人会会報」より、会員の声をお届けします。
                    


 「祈祷会後の豊かな交わり」
                  保科けい子

  福島教会の婦人会に出席してうれしい驚きがあったのは、祈祷会に出ておられる婦人の方々が、それぞれに持参してこられた昼食をご一緒に食べて、そのまま婦人会の例会に残られることです。なぜなら、月の第二週の祈祷会後に婦人会が開かれるからです。 
  これまでに、いろいろな形での婦人会のあり方を見聞きしてきました。いずれも教会の中で大きな働きを担ってくださっている点には変わりがありません。しかし、福島教会の婦人会の素晴らしい点は、信仰の中で何よりも大切な「み言葉を聴くこと」と「祈り」を根底に置き、そこから活動をしていこうという姿勢です。それは、ルカによる福音書十章三八節以下に記される有名な「マルタとマリア」の話を、現実の教会生活の中で何とか一致させようとする取り組みではないかと思わされています。 
  私の遣わされている福島荒井教会には、現在のところ、婦人会がありません。しかし、来年四月からは活動を再開しようと準備しています。どうぞよろしくお願いいたします。 



 「共に前へ」
                    E. C.

  ある時突然、婦人会の長が不在になり、このような不測の事態には当然、副会長が会長となることが多いと思われますが、副会長にも同様に事情があり、急遽、当時書記で役目上、婦人会のある程度の活動を把握していた私が、副会長を飛び越え会長となり、あれから十三年が経ちました。定番の「例年に習い」の活動も主のお導きと、皆様方の賜物が活かされ、徐々に活動スタイルを変え、現在の形に落ち着いています。互いに足りないところを支え補い合い助け合い、婦人会の重要な働きとしての教会行事の奉仕そして教区、県、地区婦人会の活動に協力し、今に至っていることを感謝いたします。四月から保科隆牧師をお迎えし、旧約聖書創世記から神さまの救いの歴史の学びがスタート、祈祷会後の恵みの一時が与えられております。更にけい子先生、十月に片桐慶子姉、一月には羽田まり子姉が入会され、それによって会の活性化とお一人おひとりの信仰が強まり成長し、なお一層主にある姉妹の交わりがなされ前進できますようにと願っております。昨年、婦人会で行った「小さな証」は会員同士でも知り得なかったことを知る良き機会になったことは言うまでもありません。同様に今年度から発行する婦人会会報によって新たな発見があるのではと心が踊ります。 



 「主の慈しみに生かされ」
                    S. T.

     詩編三十章五節   
   幼子は若き牧師に手の中冬の駅
 ー 佐々木牧師を福島教会にお迎えした折に詠む ー

 冬帽子忘れし友を追いかけし
 主の愛はひとしくあれと晩秋の月
 老眼鏡二つ三つありて聖書読む
 吾娘は天に昨日の如く秋笑みて
 放浪の我を許し給うクリスマス
 幼子は聖書いだきて独りし祈る
 「いと高き所に、栄光が、神にあるように。御心にかなう人々に、あるように。」  ルカによる福音書二章十四節



 「よろしくお願い致します」
                    K. K.

   私は、二〇十二年四月、神様の導きに寄り洗礼を受けましたが、間もなく夫が病気になり、その看病と介護の為、長い間教会を休まざるを得なくなりました。
   しかし、二〇十六の三月、夫は天に召されました。一人になってしまった私は、それから間もなく礼拝に出席し、そして祈祷会にも出席致しました。私には行く所があり、また一人ぼっちではない、いつも神様がそばに居て下さることを思い、あらためて神様に感謝致しました。その後、お誘いを受けて婦人会にも出席させて頂き、この十月に入会致しました。そしてその中で、婦人会の方々の働きが教会を大きく支えていると言うことを知ることが出来ました。私も微力ながらその一員として働かせて頂きたいと思います。まだまだ未熟ですが、教会生活の中で、婦人会のご奉仕の中で、皆様方にいろいろ教えて頂きながら成長して行ければと思います。
 



 「私の婦人会」
                    M. F.

   いつも出席しているので何か私にも出来ることをさせて頂きたいと思い会計を引き受けさせて頂きました。今まで役員をしたことがないので会計報告時は会長さんに教えて頂きながら四苦八苦でした。しかしこの会計をさせて頂くことで漸く婦人会の年間の働きが見えて来たように思いました。年度の途中で引き継いで三年目に、今度は書記をお願いしますと言われました。今までも四苦八苦でしたからとても書記など出来る訳がないと思いました。しかし何も話せないうちに決まってしまいました。今回も会長頼みで引き受けることにしました。毎月の定例会の記録を書き、地区婦人会代表者会への出席を通して婦人会としての役割、働きを学びました。毎月一度の定例婦人会例会に入る時と昼食を挟んでのなにげないおしゃべりは大変リラックス出来る場で会員同志の話しも弾みます。この時が一番楽しい一時となっています。今後ともよろしくお願い致します。
 
 

 「婦人会の働き」
                    T. K.

   以前は、毎月第二聖日に愛餐会を行なっていた。私は結構長い間、数人で愛餐会の係をし、食事の用意をしていたが、今では愛餐会をしなくなった。私は二〇十三年度から定例会に出席できるようになり、会計を預かり二期務めている。高齢になり定例会に出席できなくなり退会する人もいて、数年前よりも会員は大分減少している。若い人は仕事をもっていたりして、入会するのは難しいらしく、よその教会でも高齢の人が多い状態の様です。バザーでもいろいろな働きをしていましたが、外からのお客様を迎え賑やかに楽しく行なっていた事も出来なくなってしまい残念に思っています。又、元のバザーが出来る日を願っています。
 



 「感謝して」
                    K. T.

   福島教会が、神様の恵みによって会堂を再建して初めて守った礼拝は、三年前のクリスマスイヴ礼拝でした。クリスマスと、会堂再建の二重の喜びを噛みしめ、感謝の思いでいっぱいであった事を思い起します。あれから三度目のクリスマスを祝う事ができました。昨年の四月には保科先生をお迎えし、平安の中で礼拝、祈祷会を守り恵みのうちに二〇一七年を迎える事ができました。改めて世界中の多くの方々の祈りとご支援によって今ある事を思います。台湾からも 多大なご支援があった事を保科先生を通して知りました。現在も続けて献金を寄せて下さっている方もいらっしゃいます。月日が経つとこの快適な環境が当り前のように思えて来ますが、この会堂の一本一本の柱にもご支援下さったお一人おひとりの祈りが込められている事を忘れないにようにしたいと思います。受けるだけではなく与える事ができる者になりたいと思っています。
 
 

 「私の愛唱歌」
                    Y. U.

   好きな讃美歌は数多くありますがその中の一つ、讃美歌21の271番(喜びはむねに満ちあふれる〜)です。神のひとり子がこの世に生れて 私の兄弟となられたから(ローマ信徒への手紙8章29節)と歌われているのはこの讃美歌だけである―と似田先生から教えて頂きました。二〇一一年三月十一日東日本大震災で私達の教会は歴史ある教会堂を失い、無牧にもなりました。どん底にあった私達でしたが二〇一一年十二月一日に似田牧師ご夫妻をお迎えすることが出来ました。その年のクリスマスは271番そのもので喜びにあふれたクリスマスとなりました。残された伝道館でのお祝いとなりました。神様の御計画の大きさ、深さを実感しました。それまでは何度、「神様何故ですか 」と問う信仰薄い私が神様に、今までの不信仰をお詫びする時となりました。2番 悲しみうれいに 沈む時も 支えてくださる 神の恵み み子なる主イエスは神のみもとから 愛のまなざしで みまもられる 3番、4番の歌詞を歌いながら、(アーメン、アーメン)と唱えずには居られませんでした。昨年のクリスマスイヴ礼拝でも271番は讃美されました。その喜びは満ちあふれたものでした。やはりこの讃美歌は私の愛唱歌の一つです。これからも主なる神様を讃美しつつ、信仰の道を歩んでゆきたいと願っています。
 
 

 「福島教会の歩み」
                    H. F.

  この時3・11を抜きに語る事は出来ません。会堂を失う事は大きなショックを受けました。しかし振り返り考えてみますと増し加えられたとのみ言葉がみ業となり福島教会が変わる時とされていると受け止めることができました。この時、無牧を体験し毎週礼拝説教が教区のお世話になりました。「新しい牧師が決まりました」似田兼司牧師と知り、主の御旨がとの想いに心からの感謝に満たされました。このタイミングで来て頂けるみ業に感謝を捧げます。先達の望み、願い、祈りの様子が思い浮かんで参ります。福島教会に遣わされる大変さを身を持って覚悟なさり遣わされて失った会堂を建てる為に赴任された似田牧師の行動に各教会の皆様が福島教会に支援を寄せて下さいました。本当に頭がさがります。また建築業者も百年前のレンガ造りの会堂を福島の地に建築されたボ―リズ事務所が建材不足建築業者不足する時、尽力下さり希望にも礼拝堂としても考慮された仕上がりに只、日々感謝を持って集いこのすばらしい会堂に相応しい教会生活が出来る事を願い伝道にも心して歩めます様にお導きをお祈り致します。
 
 

 「6年目のこの春に」
                    Y. S.

   6年目とは東日本大震災からの月日です。2011年は喜びで始まった年でした。1月6日、長女に二人目の子供が誕生し、さらに、3月7日には長男に始めての子供が誕生しました。前年11月に実家の父を、翌月の12月には、義母を、3週間の間に愛する2人を、天に送りました。悲しみに沈んでいた私達家族が、新たな二つの命の誕生に、励まされて始まった年でした。でも、思いも拠らない東日本大震災に平安が一転いたしました。初めの揺れで、少し強い地震かなとは感じましたが、余りに長く強い横揺れが続き、これはいったい何なんだろう。日本列島が沈むのではと、真剣に思わされるほどでした。福島教会の会堂が倒壊の危機に瀕し、我が家も、家の土台にひびが入り、照明、食器など物質的な被害が有りました。形在るものは何時か壊れると諦めるしかありません。それから数日後の原発事故に驚愕いたしました。目に見えない放射能の被害に心を痛めました。この世に生を受けたばかりの孫達をどの様に守ってあげれば良いかが分からずに、不安と恐怖で胸が張り裂けそうでした。避難する事が得策と思いながら、諸事情で福島に留まらざるをえませんでした。線量を気にしながら閉め切った家の中で、出来る限り被爆を避けての生活が続きました。その一日一日は本当に辛く長い時間でした。あれから、孫たちは、検査を受けながらの生活でしたが、幸い今は何も異常が無く過しています。そして、6年目のこの春、あの年の1月と3月に誕生した孫たちが6歳になり、4月には小学校に入学いたします。健康が護られた恵に心から感謝です。この先も、多少なりとも被爆をしてしまった事に充分の気使いをしながら、健康が支えられて健やかに育って欲しいと願っています。あの大震災を通して、様々の事を学びました。大勢の方々に祈られている恵にも気付かされ、会堂再建の恵みが与えられました事は、主に在る兄弟姉妹の方々のお祈りとご支援に支えられての事と、感謝を思わない日はありません。苦難を喜びに変えて下さった、主のみ業に心から感謝いたします。
 

          以上  ー 婦人会会報より ー




 「救いの証し」
                    M. H.

  キリスト教とは無縁に育った私が、どのように導かれてクリスチャンになったかをお伝えします。
  私は愛知県岡崎市で高校まですごし、東京の大学に進学し、女子寮で新生活をスタートしました。寮の新入生歓迎会で一人の上級生が、「私はクリスチャンです。教会に行ってみたい方は一緒に行きましょう。」と挨拶されました。お願いして連れて行ってもらったのは6月頃だったでしょうか。
  私は一見するとたいした悩みもない学生に見えたと思いますが、心の中は苦しい思いで一杯でした。コンプレックスを抱え、両親に対してわがままな自分が嫌でした。そして、友人関係でも傷ついていました。キリスト教に対する憧れや興味もありましたが、なにより助けを求めていました。
  日曜日の礼拝に通い始めて二ヵ月ほど経って、「神様を信じて変われるならば信じたい。神様に助けていただいて人を素直に愛せるようになりたい。」と思うようになり、伝道師と一緒に 「信じます。」とお祈りをしました 。

      愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。
     愛は神から出ているのです。
     愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。
      愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は
     愛だからです。
           ヨハネの手紙 第一 4章7,8節

  この聖書の言葉を知った時、「神様を知っていけばいいんだ」と安心しました。
   聖書の言葉や礼拝のメッセージを通して、神様は少しずつ私の罪や問題点を示してくださいました。自分が情けなくなるような失敗もあまりしなくなりました。友人に傷つけられたと思っていましたが、自分の愚かさが原因だったと気づかされました。

      だれでもキリストのうちにあるなら、その人は
     新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、
     見よ、すべてが新しくなりました。   
          コリント人への手紙 第二 5章17節

  落ち込んでしまった時は、この御言葉を信じ、新しくしてくださる神様に期待し、立ち上がることができました。
  大学一年のクリスマスに洗礼を受けてから37年になります。その間、熱心なクリスチャンではありませんでしたが、神様は私をずっと恵みの中に置いてくださいました。さまよい、もがき苦しんでいた私に知恵を与え、光の中へ導いてくださいました。感謝です。
 







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