◆信徒の声◆





主によって恵みのうちに日々生かされている信徒の声を紹介します






  読書の秋 〜『神が遣わされたのです』を拝読して〜
                         M.K.

  『月報』の一頁と四頁に毎月保科隆牧師が書かれる文を私はいつも楽しみにしています。(ホームページの三頁「牧師室より」に掲載)とても筆達者な方だと思っておりましたが、それもそのはず、先生は大変な読書家、勉強家で、またずっと書いてこられた方だったのです。そしてこのたびそれらをまとめて本になさいましたので、ご紹介いたします。
  『神が遣わされたのです』は、説教、エッセイ、論文、信仰問答の四部構成になっています。保科先生は、関西学院教会から富山の高岡教会、東京の高幡教会、静岡の藤枝教会、仙台東一番丁教会、そして福島教会へと遣わされてきましたが、どこに行ってもそこへ派遣されたことを自分の使命として、そこでできることに専心してこられました。大変な経験の中にもその意味を見出し、いつも前向きに進んできた不屈の人なのです。殊に東日本大震災の後は、東北教区放射能問題支援対策室「いずみ」の室長として、特に子供たちにとって必要な支援活動に力を注いでこられました。その関連で支援していただいた台湾の教会や関西学院大学にも招かれ、お忙しい日々にあって活力にあふれて活動されています。先生の説教やエッセイを読んでいると、これまで自分を導いてこられた神を畏れて拝し、その時々で出会った人々や事柄を神が与えられたものとして受け取っておられるのだということがとてもよくわかります。
  先生のもう一つの側面が顕れているのが「論文」です。これは現在礼拝後に不定期でもたれている教理を学ぶ会を髣髴とさせます。『ハイデルベルク信仰問答』を皆で読みながら保科先生がしてくださる解説の中に、神道や仏教との比較が出てくることがあります。そういったことに大変造詣が深く、ボーン・クリスチャンが全く知らないようなことをいろいろ教えていただけるのです。「論文」ではそれにとどまらず、日本国の成り立ちや日本語について多くの分析を行っており、未知の分野を垣間見ることができました。とりわけ日本語と地域の共同体が日本人の精神風土に及ぼした現象について、牧師の立場から感じてきたことが語られており、非常に興味深く読みました。その先に生まれたのが「キリスト教信仰四〇問答」です。それまで教会員と共に読んだいくつかの「信仰問答」について触れた後、今回「キリスト教信仰四〇問答」を書かれた事情を次のように記しています。

  しかし、教会員と共に学びながら考えさせられたことは、これらの『信仰問答』や『教理問答』が優れたものであることは認めるとしても、日本の文化や歴史、日本人の宗教性を踏まえつつ、日本の福音伝道の困難さを充分に考えた末に生まれた信仰問答ではありません。また日本の教会に独特な人間関係やキリストの教会として克服すべき課題などを踏まえて、その解決策について具体的に触れたものでもありません。そのような日本伝道の課題についての問いを持ちながら書かれた信仰問答はほとんどないように思われます。そこで、牧師として四十年近くを歩んできたものとして自分なりに日本の伝道の課題に正面から向き合うような信仰問答が書けないかと願うようになりました。

  つまり、これは日本の様々な地域でその土地の言葉や文化に身を置きながら真剣に伝道に取り組み、牧師として務めてこられた保科先生にしか書けない信仰問答なのです。その言葉には体験に裏打ちされた重みがあり、考えさせられることが多くあります。
  今年は宗教改革500年の記念の年ですが、保科先生が古希を迎えられた年でもあります。これまで考えて来たことや書かれてきたものを一冊の本にまとめられたのは我々にとっても本当によいことでした。神様が保科先生を選んで遣わし、これまでの七十年を通して導き守られたことを知ることができ、誠に感謝です。



      「夏の帰省日誌」
                      M.K.

  福島の家に着いて扉を開けると、実家の犬が欣喜雀躍して飛びついてくる。不在の分甘やかしているので「家来が来た」と思うのだ。荷を解くのもそこそこに散歩に出る。夏は必ず裏の川に入りたいと言うので、長靴履きでヨルダン渡河ごっこをする。「さあ、ヨルダンを渡ろう」と言って一緒に足を踏み入れても、松川の流れは止まらない。ジャブジャブ渡る。ふと引き綱が手を離れ、犬は一人で川を渡っていく。「戻って〜!」と叫んでも楽しくてたまらないらしく一心不乱に行ってしまう。迷子の柴犬である。飼い主は必死で追いかける。幸いにもカナンの地で大人しくしていた犬をつかまえ「呼んでるのになんで来ないの?」と叱る。驚いたことに犬は私と目を合わさない。背きである。犬でもこうなのかと愕然とする。エデンの園かと、失意のうちに一緒に家に帰る。今日の不従順を事あるごとにボソボソなじると、「ごめんなさい」とすり寄って来るので赦すことにする。
  翌日は日の出前から「朝だよ、起きて」と起こしに来る。散歩して庭につないで草むしりに精を出す。信じられない繁殖力だ。パン屑ならぬ雑草で12の袋がいっぱいになる。一仕事終わって犬と家に入る。「りく、ご飯だよ!」 
  



 『聖書 神の言葉をどのように聴くのか』を読んで
                         M.K.

  宗教改革五百年にあたり、日本キリスト教団出版局より記念のシリーズ5部作が出版されています。東京神学大学学長で中渋谷教会の主任代務を務めていらっしゃる大住雄一先生はその監修者の一人であり、また第二巻の著者です。このたび『聖書 神の言葉をどのように聴くのか』を印象深く拝読いたしました。 
  第一章は明治初期のプロテスタント指導者が一堂に会した写真を紹介し、まず真っ先に彼らが行ったこと、即ち聖書の翻訳とその普及について記されています。聖書の翻訳は原典に劣るものではなく、むしろ状況に応じて原典が表しえなかったものを補い、時代の新しい可能性を開くものであるとの記述を読み、聖霊降臨の出来事に新たな視点を与えられた気がしました。私たちがみな自国の言葉で神の福音を聴くことができるということは特別のことだったのです。 
  律法と福音の問題を扱う第二章では、律法の完全な遵守が人間にはなしえないことがわかってき他時、価なしの契約へ道を拓くのはイエス・キリストであること、それはアブラハムに対する祝福の廃棄ではなくキリストの義による律法の完成であると語られています。二十世紀に大きな成果を残した旧約聖書神学においては、旧約の律法による救いはイエス・キリストによる救いに至る救済史の中で新たにとらえ直されました。続く第三章では、神学上の諸説を挙げながら、律法の要である十戒について、二つの十戒(出エジプト記20章と申命記5章)を分析しています。教派によって生じている違いも、聖書そのものに由来すると考えられることを示し、聖書は多様な解釈をゆるすものであると結論付けています。この二つの十戒はもともと別個に存在したものが教会の中で一つとなったと見ることもでき、それ自体、宗教改革の聖書原理(「神の啓示はただ聖書によってのみ行われる」という教え)なくしてはあり得ないことが示されています。
  第四章は、プロテスタント牧師の最も重要な務めである説教について解説されています。プロテスタント教会は洗礼と聖餐というサクラメントを持ちながら、聖書原理と信仰義認の教理に立つ説教者が語る、イエス・キリストの救いの出来事を神の言葉として聴くのです。
  最後に、第五章において聖書と合理主義の関連について、植村正久の深い罪意識に基づいた信仰を、海老名弾正、新渡戸稲造の聖書受容に触れながら、紹介しています。明治期のキリスト教界の現状がわかると同時に、聖書を一字一句文字通りに信じる宣教師と、聖書を歴史的合理性の観点から読む新神学との間の葛藤も伝わってきます。教理に注意を払いながらも教会の権威からは自由に、理性に従って真理に忠実に聖書を研究することこそ、宗教改革を経て可能となった聖書の読み方です。宗教改革によってもたらされた聖書の合理的解釈の多様性は、時に混乱を引き起こすこともありましたが、歴史の示すところでは勝手な解釈が生き残ることはなく、むしろそのことによって教会が確かな神の共同体として成長し手来たということが理解できました。これまで当たり前と思ってきたことも含め、プロテスタントが依って立つ信仰の基盤を再認識できたことはまことに感謝でした。









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