◆牧師室より◆



「12弟子の選び」

         マタイによる福音書10章1〜4節
                                      保科  隆

 イエスは12人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった(1節)

  11年間在任した東京の高幡教会の礼拝堂の正面に小さなステンドガラスの十字架があります。そのステンドガラスには大小の石の破片のようなものがガラスの上から下へとはめ込まれています。それは全部で12個あり12弟子を現しているそうです。誰の発案か知りませんが、会堂を建築したのは私の前任者でした。私が赴任してまもなく天に召されました。誰の発案かを聞きそびれました。
  さて、主イエスは12弟子を選ばれる時にまず弟子たちを「呼び寄せ」ています。うっかりすると読みすごしてしまう言葉です。「呼び寄せる」とはどのようなことでしょうか。マルコによる福音書3章13節では「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た」と書かれています。マルコではただ呼び寄せたのではなく「これはと思う人々を」呼び寄せられたのです。さらに口語訳ではマルコの「これはと思う人々」は「みこころにかなった者たち」と訳されていました。どちらも誤解を招きかねない言葉です。「これはと思う人」であれば大勢の人たちの中から、主イエスはこれはと思う人たちを選んだということになります。どのような基準で選んだのでしょうか。私どもが今の時点で考えると、勉強がよく出来る人とか、容姿端麗の人とかになるかもしれません。もちろん呼び寄せるのは主イエスだからそのようなことはありません。だからマタイは、そのような読む人たちの誤解を招かないためにも「呼び寄せ」とだけ記したのかもしれません。
  いずれにしても大切なのは主イエスに呼び寄せられて弟子となることです。そもそも信仰とは神にその名を呼ばれることです。呼ばれたならば「はい」と答えてみ前に進み出なければなりません。旧約のイザヤ書6章は預言者としてイザヤが召し出される物語です。「誰を遣わすべきか」と神が言われた時に「わたしがここにおります」とイザヤは答えています。「ここにおります」とは「はい」という言葉です。神が誰かいるか、と言われ、イザヤが「はい」と答える。そこにイザヤの預言者としての召命が示されています。
  さて、12弟子にもどります。2節以下には12弟子の名前が書かれています。ただ名前だけ読んでもその人がどのような人なのか分かりません。分かるのは最初のペトロと、最後のイスカリオテのユダぐらいでしょうか。教会の歴史の中では12弟子は12聖人などと持ち上げられて教会のステンドグラスにその姿まで描かれるようになりました。しかし聖書に記される12弟子の姿はイスカリオテのユダも含めて聖人のイメージとは異なると言わねばなりません。たとえば、ゼベダイの子のヤコブとその兄弟ヨハネ(2節)とありますが、この二人についてルカによる福音書9章51節以下に記されます。「弟子のヤコブとヨハネはそれを見て『主よ、お望みならば、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか』と言った」。この二人はすくにカーとなる熱血漢だったのです。このような人が呼び寄せられて主イエスの弟子になったと聖書は記しているのです。 
  

近況および所感



会堂入り口 牧師館入り口









  2017年3月28日(火)から31日(金)にかけて教団主催の国際青年会議が京都の関西セミナーハウスで開かれ、二日目の29日の午後のセッションから最後まで参加しました。会議のテーマは「エネルギー持続可能社会の実現を目指して」です。福島の原発事故後のエネルギー問題を世界のいろいろな国に住む若者の視点から考えようとするものです。教団主催の国際会議はすでに2014年3月11日から4日間仙台の東北学院大学を会場にして開かれています。会議のテーマは「原子力安全神話に抗して」で、フクシマからの問いかけ、という副題です。当時は会場のすぐ近くの仙台東一番丁教会におり教会活動の合間を縫って部分的な参加が可能でした。会場には同時通訳の設備もあり外国語の講演もイヤホーンで日本語で聞けました。青年が中心になった今回の京都会議の外国からの出席は台湾、韓国、インド、カナダ、アメリカ、ヨーロッパの国々からでした。
  この会議のための実行委員会は一年前から毎月のように東京で開かれていて陪席と言う形でこれまで何回か出席をしてきました。途中からは青年たちが実行委員会にも加わるようになり全体にわたり丁寧な準備がなされました。会議終了後に参加者からのアンケートの集計がなされて、メールに添付されて送られてきました。是非このような集まりを今後も続けてほしいと言う意見が多く寄せられていました。
  さて、今回の会議では一つのセッションで二人ないし三人が発題をしました。その中で最も印象に残ったのはインドから参加した写真家のビルーリさんの話です。ビルーリさんはインド東部のジヤドウゴダの町に住んでいます。自宅の500メーター先には、インド初のウラン鉱山があります。ここから掘り出されるウランが核分裂を起こして原爆にもなるし原発にもなる原料です。つまり原子力になる原料のウランはインドの鉱山からも掘られているのです。現在ではこの町に7つの鉱山がありウランが発掘されていると話していました。インドには稼働中の原発が21あると言います。放射線の被害と言えばビキニの核実験やヒロシマ、ナガサキの原爆、そしてチェリノブイリ、フクシマの原発事故と考えますがそれだけではないことをビルーリさんから教えられました。ウラン鉱山の発掘現場からも放射線被害が生まれます。ビルーリさんの祖父はウラン鉱山で働き肺がんで亡くなったそうです。他にも多くのウラン鉱山の労働者たちかガンで死んでいると話していました。それだけでなく劣化ウラン弾による爆撃で被ばくした女性から奇形児が生まれるのです。ビルーリさん村から体に障害を持つ子供が多く生まれていると写真入りで報告されました。インドのウラン鉱山のことは、何も知らなかったことなので大きな衝撃でした。
  さて、東北教区放射能問題支援対策室「いずみ」の発足以来、室長をして3年半になります。すでに対策室が出来る前から放射能被害への取り組みを担う委員会に関わってきました。同時に福島県浜通りの浪江伝道所と小高伝道所の代務者をしてきました。どちらの伝道所も福島の原発事故後の活動はほとんどできないままです。伝道所をいつから再開しますか、と聞かれることがあります。教団出版局の出している『信徒の友』の5月号に大阪の八尾教会の教会員の方が「転居先の各地で教会に導かれて」という文章を記しています。そこに浪江伝道所の事が書かれていました。1981年の頃で吉田トシ牧師の時代に浪江伝道所に属して教会生活をされたそうです。吉田牧師とその文章の筆者が伝道所の礼拝堂で写した写真が載っていました。まぎれもなく原発事故後に長いこと立ち入り禁止になった浪江伝道所の内部です。浪江伝道所を覚え祈っています、と書かれていました。浪江伝道所も小高伝道所も全国のみなさんから覚えられていることを知り感謝です。