◆牧師室より◆



「主イエス・キリスト」

         マタイによる福音書16章13〜20節
                                            保科  隆

 イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だというのか。」シモン・ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。(15節、16節)

  日本基督教団信仰告白の文言を取り上げながら礼拝で学んでいます。教団の信仰告白の第二の段落に入ります。まず最初に記される「主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一の神は」、という言葉についてです。 
  さて、あまりにも基本的なことですが、イエス・キリストというのは、人の名前ではありません。しかし実際には、ジョン・レノンのような人の名前と思っている場合もあるようです。たしかにイエスは人の名前です。強盗のバラバもイエスという名前を持っていました。(マタイ27章17節)つまり当時のユダヤ人の名前としてはありふれたものだったのです。キリストは違います。キリストは「メシア」という意味です。「メシア」は油注がれた者です。旧約の時代では王、祭司、預言者がたてられるときには油を注いだのです。油を注いでその職務につかせたのです。従ってキリストは、メシアとして王であり祭司であり預言者として、さらに救い主の務めを神から与えられたことになります。キリストは人名などではなく務めの名前です。だから、イエスがキリストと一つに結びつけられているのは自明の事ではありません。イエスをキリストとする信仰がなければ言えない言葉です。つまりイエス・キリストという言葉自体がイエスはキリストとの信仰告白の言葉です。
  マタイによる福音書16章13節以下はペトロの信仰告白と言われ大切なところです。主イエスは、弟子たちを連れて旅に出ていました。場所はガリラヤ湖の北にあるフィリポ、カリサリアです。もともとガリラヤ地方は異邦人のガリラヤと呼ばれており、エルサレムとは違い異邦人が多く住んでいた地域です。しかも、この時主イエスが弟子たちと一緒に旅に出た町は、カイサリアと名付けられていて、ローマ皇帝を神としてまつる神殿が建てられていたのです。そのように考えますと、異教の神が祭られるところをあえてこの時、選ばれたとも考えられます。
  そこで主イエスは弟子たちに尋ねます。「人々は人の子のことを何者だと言っているか」。弟子たちは洗礼者ヨハネとか、旧約の預言者のエリヤとかエレミヤとか言っていますと答えました。さらに、それを聞いた主イエスは尋ねます。「それでは、あなたがたはわたしを何者だというのか」。同じ問いが自分たちに向いてきました。弟子たちは藪から棒になにを聞かれるのかと思ったことでしょう。そのときに答えたのはペトロです。
  「あなたはメシア、生ける神の子です」。この言葉をペトロの信仰告白といいます。あなたとは主イエスのことです。メシアとはキリストのことです。だからイエスはキリストですとの信仰をペトロは言い表したのです。フィリポ・カイサリアという異邦人の住んでいる街でです。まさに日本に住む私どもにとって自分たちの問題です。日本はユダヤ人の考えからすれば異邦人の住んでいるところです。そこでは八百万の神々が祭られています。しかし、そこでこそ聖書が語るイエスを主と信じ、またキリストですとの信仰を告白して生きていきたいものです。



近況および所感



会堂入り口 ぶどう畑









  5月29日(火)から30日(水)にかけて第73回東北教区総会が仙台青葉荘教会と東北教区センターで開かれ出席しました。教区副議長として臨む5回目の教区総会です。
  さて、今回の総会では今年の10月に行われる第41回教団総会の議員の選挙が大切な議案でした。東北教区は教職9名、信徒9名を選出します。選出される議員の数は教区によって異なり東京教区が教会の数も信徒数も多いので54名の議員が選出されます。東北教区ではそれぞれ倍数候補を選挙する予備選挙の方法がとられ、さらに、9名を選ぶ本投票が行われます。教区四役と常置委員の教師と信徒の10名は全員選出されました。信徒の方の本選挙では9名中の5名が女性の議員だったのが印象に残りました。教職には女性はおりません。
  今回の総会ではもう一つ大切な議案が審議されました。東北教区と台湾基督長老教会嘉義中会との宣教協約の締結の議案です。結果としては賛成多数で可決され、締結の調印式が議場で行われました。この議案が上程されてから議長が交代して私が議長となり議場での討議が進められました。はっきりと反対であるとの意見はなかったように受け止めていますが、それに近い意見は出されていたように思います。たくさんの方が手を上げて質問をしたり自分の意見を述べました。それはそれでよかったと思います。ただ、台湾の嘉義からわざわざ中会の議長と副議長と総幹事と通訳の牧師と4名の方々をお迎えしていることを忘れてならないと思いました。それで否決はないだろうとの思いです。
  さて個人的なことになりますが、今回通訳の役目を果たしてくれた嘉義中会の橋頭教会の郭世宗牧師とは再会です。2016年8月に嘉義を訪ねた時に主日礼拝を橋頭教会で守らせていただきました。その後、一度郭牧師が日本に来られた時にわざわざ福島教会を訪ねてくださったことがあります。昨年でした。それ以来です。2年前の夏に訪ねた台湾の教会で礼拝を守るのはもちろん初めてでしたが、会衆がとにかく大きな声で讃美歌を何回も歌ってから礼拝を始めるのが印象的でした。若い方が多いわけでもなくむしろ日本の教会と同じように高齢者が多いように思いました。
  礼拝の中での聖書朗読は同じ個所を二回司式者が読みます。あとで郭牧師に聞くと同じ個所を北京語と台湾語で読んだとのことです。北京語は毛沢東の率いる共産党との戦いに敗れた国民党の蒋介石が台湾に入ってきてから教育したもので、それ以前は台湾語が用いられていました。今も用いられています。また日本の植民地の時代には日本語も教育されました。さらに台湾には原住民がいて、その人たちの言語があるのです。とても複雑な言語の状況があります。そのような中で教会が福音を伝道しているのです。
  教区総会の一日目の夜に協議会が開かれて嘉義中会の総幹事の黄牧師が嘉義中会を紹介してくれました。現在は73の教会が建てられており、会員数は12、907名、主日の礼拝出席者数は5,862名、牧師の数は108名です。これを東北教区の議案書に載せられている2017年度の各教会の報告と比較すると違いが分かります。会員数は現住では2、280名で不在、小児を加えると3、995名です。また、主日の朝の礼拝出席者は1、656名で夕拝を入れても1、713名です。牧師の数は正教師と補教師を合わせて76名です。さらに東北教区は小規模の教会が多いなかでなぜ台湾の嘉義の中会と宣教協約を結ぶのかとの問いがあります。しかし、小さな弱い教会だからこそ主による強さに活かされることを祈り求めたいものです。複雑な言語事情の困難がある中で伝道している台湾の教会と、また違う意味の困難の中で伝道してきた東北の教会とが大震災と原発事故後の困難さにおかれているなか出会いが与えられたのは神による導き以外にないと思っています。