◆集会案内◆




疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイ11:28)




毎週の集会

  主日礼拝  日曜日 午前10時30分より
  教会学校  日曜日 午前9時30分より 
  祈祷会   木曜日 午前10時30分より

    いついかなる時も、神はあなたを喜んで迎える方です。
    どなたでもお気軽においでください。 





 

礼拝へのお招き


 「主よ、あなたは偉大です。・・・・・ あなたは、私たちをご自分へ向けてお造りになりました。だから、私たちの心はあなたの内に憩うまで安らぐことが出来ないのです。」

  アウグスチヌスが「告白」の中で述べたこの言葉に深い共感を感じる人は多いことでしょう。本来よきものとして造られた人間はしばしば、悪しき思いにとらわれ神の御旨に背く行いをしてしまいます。しかし、神様はご自身の愛する御子をこの世に遣わし、十字架の死によって人の罪を赦し、救いへ至る道をひらかれました。神様は悔い改める心を決して軽んじられません。

  聖書には人が本来の姿で神を賛美し、日常生活を送る誤りなき規範が示されています。それによって私たちは真の平安を得、安んじて生きていくことができます。なぜなら私たちは一人ではなく、イエス様がともに歩いてくださるからです。
  日々の生活の中で衣食住が人間に欠かせないものであることをイエス様はよく知っておられました。しかし、一方でそれらが満たされただけでは人間らしく生きていけないことを、「人はパンだけで生きるものではない。」という言葉で言い表わされました。 

  だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」 (マタイによる福音書6:31〜34)

  どうぞ神様の御言葉を聴き、神のみもとに心の重荷をおろして思いわずらいをゆだねてください。どうぞ平安のうちに一日を終えられますように。日曜はぜひ教会へおいでください。
  







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